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東京地方裁判所 平成元年(ワ)86号 判決 1990年6月22日

原告 国

右代表者法務大臣 長谷川信

右指定代理人 古川則男 外三名

被告 株式会社北海道拓殖銀行

右代表者代表取締役 鈴木茂

右訴訟代理人弁護士 阿部裕三

同 岡野謙四郎

主文

一  被告は、原告に対し、金四一六万〇〇三三円及びこれに対する平成元年一月二四日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、被告の負担とする。

四  この判決は、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、四一六万〇〇六一円及びこれに対する平成元年一月二四日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、銀行取引を業とする株式会社である。

2  原告は、訴外東海貿易株式会社(以下「滞納会社」という。)に対し、昭和六二年六月二五日当時、左記の租税債権二億八五七六万九四三二円(以下「本件租税債権」という。)を有していた。

昭和六二年度法人税

法定納期限等 昭和六二年四月二一日

本税 一億九七五九万〇四〇〇円

加算税 五九五六万八〇〇〇円

延滞税 二八六一万一〇三二円

3  滞納会社は、被告に対し、昭和六二年一月二七日、四〇〇万円を次の約定で定期預金(以下「本件定期預金」という。)として預け入れた。

満期日 昭和六三年一月二七日

利率 年三・七六パーセント。ただし、満期日後は、普通預金利率による。

昭和六三年一月二八日以降同年一二月三一日までの普通預金利率は、年〇・二六パーセントである。

4  原告は、被告に対し、昭和六二年六月二五日、本件租税債権を徴収するため、本件定期預金債権について債権差押通知書を送達し、これを差し押さえた(以下「本件差押え」という。)。

5  よって、原告は、被告に対し、国税徴収法による取立権に基づき、本件定期預金債権元本四〇〇万円、右元本に対する昭和六二年一月二八日から昭和六三年一月二七日までの約定利息一五万〇四〇〇円及び同月二八日から同年一二月三一日までの普通預金利率による利息九六六一円の合計四一六万〇〇六一円並びにこれに対する訴状送達の日の翌日である平成元年一月二四日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1は、認める。

2  同2は、知らない。

3  同3及び4は、認める。

三  抗弁

1  (期限未到来)

(一) 本件定期預金契約には、「預金者から満期日までに継続を停止する旨の申出がない限り、満期日に前回と同一の期間の預金に自動的に継続する。継続された預金についても同様とする。」旨の特約(以下「自動継続特約」という。)があった。

(二) 満期日である昭和六三年一月二七日までに、滞納会社から右(一)の継続を停止する旨の申出はなかった。

2  (本件租税債権に優先する根質権の存在)

(一) 滞納会社は、中央魚類株式会社(以下「本件根質権者」という。)に対し、昭和六二年一月二八日、滞納会社が本件根質権者に対して現在及び将来負担する取引上の一切の債務を担保するため、本件定期預金債権について根質権を設定した。右根質権設定契約には、「滞納会社と本件根質権者の双方から被告に対し特段の申出のない場合は、本件定期預金が継続される限り、継続された本件定期預金債権の上に引き続き根質権が存続する。」旨の特約があった。

(二) 被告は、滞納会社及び本件根質権者に対し、右同日、確定日付ある証書をもって、右(一)の特約を含む根質権(以下「本件根質権」という。)の設定を承諾した。

四  抗弁に対する認否等

1  抗弁1の事実は、認める。ただし、本件定期預金債権は、本件差押えによる処分禁止の効力により、原告に対しては、その自動継続を対抗できないから、本件差押後の満期日以降は、原告は、いつでも預金の支払を請求できるものである。

2  抗弁2の事実は、認める。ただし、本件根質権は、その被担保債権が存在する場合においてすら、本件差押えによってその被担保債権の取立権が制限され、本件差押えに基づく原告の取立権の行使を甘受すべきものであるから、被告は、本件根質権の存在を理由として原告の本件請求を拒むことはできない。

第三証拠<略>

理由

一  請求原因1の事実については、当事者間に争いがなく、同2の事実については、<証拠略>により認めることができ、同3及び4の各事実ついては、いずれも当事者間に争いがない。そして、元本四〇〇万円に対する昭和六三年一月二八日から同年一二月三一日までの普通預金利率〇・二六パーセントの割合による利息は九六三三円である。

二  抗弁1(本件定期預金債権の期限未到来)について

1  抗弁1の事実については、当事者間に争いがない。

2  ところで、被告は、自動継続特約により本件定期預金が自動継続され、その返還期限が未到来である旨主張し、これに対して、原告は、本件定期預金契約に自動継続特約が付されていても、本件差押えによる処分禁止の効力によって、その自動継続を原告に対抗できない旨主張するので、自動継続特約と本件差押えとの関係について検討する。

自動継続特約は、預金者から満期日までに継続を停止する旨の申出がない限り、満期日に前回と同一の預金に自動的に継続するものと定めるから、本件定期預金契約の当事者の意思は、期限に本件定期預金と同一の定期預金を継続しようとするものであって、新たな定期預金を設定する準消費寄託契約の締結を予約するものではないと解される。すなわち、自動継続特約は、期限到来の際に預金者が返還請求をする権限を留保しつつ、従前と同一性を維持しながら本件定期預金を存続させようとするものであって、要するに本件定期預金債権の期限を自動的に延長させることを内容とする付款というべきである(それゆえ、自動継続特約の性質について、これが、期限到来の際に、書替すなわち新たな定期預金を設定する準消費寄託契約の締結を目的とするものであるとの原告の見解には左袒することができない。)。

そして、右の自動的な期限の延長の点について更に立ち入って考察すると、自動継続特約によって、期限到来の際に預金者が継続を停止する旨の申出、すなわち預金の返還請求をしないと、定期預金の期限が延長されたものと取り扱われるわけであるが、このような期限の延長が一般に有効と解されているのは、通常、右特約をした上で期限までに右申出をしない預金者は、期限到来の際に期限を延長する旨の意思を有しており、かつ、金融機関もこの期限の延長に応ずる意思をもって右の取扱いをするからにほかならない(右特約は、預金者ひいては金融機関に期限の延長の意思がない場合にまで、期限の延長を有効とするものとは解されない。)。けだし、定期預金債権の期限の延長は一つの処分行為であり、このような処分行為が有効であるためには、いうまでもなく行為者双方に右処分の効果の発生を意欲する意思がなければならないからである。

また、自動継続特約が付されていても、預金者は、期限到来の際に返還請求をする権限を留保しているのであるから、当初の定期預金契約時において契約当事者が包括的に期限の延長の処分を完了してしまっているのではなく、各期限が到来する都度、その時に初めて個々の期限の延長がなされるものと解すべきである。

以上を要するに、自動継続特約は、期限到来の際に、定期預金契約の当事者が、期限の延長の意思を有する預金者が期限までに返還請求をしなかったことをもって右預金者から期限の延長の申出がなされたものとみなし、この時点においては、証書の提出等ことさらの手続をすることなく、金融機関側において当該定期預金につき期限の延長をしたと取り扱うことができることとする、期限の延長を簡易な手続で行うための約定であると解される。

ところで、債権に対する差押えがあると、差押えの処分禁止の効力によって当該債権の期限を延長する行為は許されず、その期限の延長は、差押債権者に対抗することができないことはいうまでもない。

そうすると、自動継続特約が付された定期預金債権が差し押さえられた場合には、右の自動継続特約に基づき、その差押後の期限到来の際に、当該定期預金契約の当事者が、預金者が期限までに継続停止の申出をしなかったことをもって期限を延長する旨の申出をしたものとみなして当該定期預金債権の期限を延長したものとする取扱いをすることは、右の差押えの処分禁止の効力によって禁じられ、そのような取扱いをしても、差押債権者に対しては、その期限の延長を対抗することができないものと解するのが相当である。

3  そうとすれば、被告は、自動継続特約に基づく本件定期預金債権の期限の延長を本件差押えをした原告に対抗できない関係にあるから、自動継続特約を理由に本件定期預金債権の返還期限が到来していないとする被告の抗弁は、失当といわざるを得ない。

二  抗弁2(本件租税債権に優先する根質権の存在)について

1  抗弁2の事実については、当事者間に争いがない。

2  ところで、被告は、本件根質権は、確定日付ある証書によって証明され、本件租税債権の法定納期限等に先立って設定されたものであるから、これが本件租税債権に優先することは明らかであって、本件根質権が存在する以上、原告の取立権が制限される旨主張するので、これについて検討する。

確かに、本件根質権の存在により、本件定期預金債権の債務者たる被告は、民法四八一条一項の類推によって、弁済その他本件根質権者を害することとなる一切の行為を本件根質権者に対抗し得ないところである。

しかし、国税徴収法五五条は、滞納処分により、質権、抵当権等の目的となっている財産を差し押さえたときは、税務署長が、その質権者等に対し、その旨の通知をなすべきことを定め、同法一八条は、国税に優先する質権又は抵当権により担保される債権の元本の金額は、質権者又は抵当権者がその国税に係る差押えの通知を受けた時における被担保債権の額を限度とする旨を定めているところ、これは、滞納処分による差押後にも債権額が増加することがあるべき根質権又は根抵当権の被担保債権について、租税債権に優先する債権額の限度を定めることに出たものと解されるのであり、更に、同法五〇条は、右により租税債権に優先する質権者等に差押換請求権及び換価申立権を認めるほか、同法一二九条以下において、換価代金等の配当に関する規定を設け、租税債権に優先する右の質権者等がこの配当手続において租税債権に優先して配当を受ける手続を定めているのであるから、同法による滞納処分として債権差押がなされた際には、その差押えに係る租税債権に優先する質権者等は、同法による国の取立権の行使を排除することができず、その配当手続において優先して満足を得ることができるにとどまるものと解される。

したがって、本件租税債権に優先する本件根質権者が存在するとの一事をもって、被告が、原告に対し、本件定期預金債権の弁済を拒むことはできないものといわなければならない(ちなみに、前述したところから明らかなとおり、本件根質権が本件租税債権に優先するのは、原告から本件根質権者に対して差押通知をなした時点において、本件根質権者が滞納会社に対して有していた被担保債権の範囲に限られるのであるが、被告は、右被担保債権が存在することを主張、立証しないばかりか、かえって、成立に争いのない<証拠>によれば、原告が、本件根質権者に対し、昭和六三年一〇月一四日、本件定期預金債権を滞納処分により差し押さえた旨の通知をしたところ、同日現在、本件根質権者の滞納会社に対する被担保債権が全く存在しなかったことが認められるのである。)。

3  よって、被告の抗弁2は、主張自体失当といわなければならない。

三  以上によれば、原告の本訴請求は、金四一六万〇〇三三円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成元年一月二四日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条及び九二条但書を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 雛形要松 裁判官 北村史雄 裁判官 貝原信之)

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